ジェイ文庫 川端康成『古都』
【ジェイ教育セミナー大津校 中森】
思い出話を一つ。
私が小説を本当に面白いと感じたのは、実は大学生のときでした。
読んでいたのは横光利一の作品。「蠅」や「春は馬車に乗って」の文体の鮮烈さに衝撃を受けました。
それ以前にも、いろいろな本を読んでいたのですが、当時の自分はストーリーの展開の面白さや登場人物の魅力というところばかりに注目していて、文体自体の持つ魅力には気づいていなかったような気がします。
後に私は、この横光利一が「新感覚派」と呼ばれる文学運動の推進者であることを知り、その文体が文学史上の新風運動の中で生まれたものだということを知りました。
「新感覚派」とは、現実を、ただありのまま写し取るのではなく、感覚的な把握によって象徴的に描き出すことで新たな現実感を生み出そうという、文体上の運動でした。
同じく新感覚派の作家に、ノーベル賞作家である川端康成がいます。
代表作は『伊豆の踊子』『雪国』など。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた。(『雪国』)」という有名な冒頭など、ご存じの方も多いかと思います。
私も「伊豆の踊子」などは高校生のときには読んでいたはずなのですが、大学生のときにはぼんやりとした印象しか残っていませんでした。
しかし、横光利一の作品に出会った後になって読み返すと、川端康成の作品群には一文一文にこまやかな空気感や自然の美しさがたたえられていたことに気づき、その味わい深さに驚きました。
今回は、ジェイ文庫に入っている一冊、川端康成『古都』の紹介です。
呉服問屋に育った千重子は、幼いころに生き別れ、まったく異なる境遇で育った双子の姉妹、苗子と出会い、交流を始める。姉妹と、二人を取り巻く家族や恋人たちの心の機微が描かれる。
…というのは、登場人物を軸にこの物語を眺めた時のあらすじです。確かに、こうした奥深い感情、時に爆発するような感情の描写も非常に面白いのですが、本作の眼目は何といっても舞台となる古都、京都です。季節によって変わってくる景色、伝統的な祭りと、それを取り巻く町、人々。登場人物ひとりひとりが、京都の歴史と空気感をまとって息づいていることが、くどくどとした説明もなく、すっきりと表現されています。
こうした心理と風景描写との有機的な響き合い方には、「新感覚派」を出発点とした作家の真骨頂を見る思いがします。一文、一文字をかみしめるように読んでみたい一冊です。
全てを説明的な言葉だけで語りきらずに、それでも背景や心のひだまでを読者に感じさせるという、川端康成の手腕が存分に楽しめるものとして『掌の小説』という作品があります。ひとつひとつが数ページで終わる、超短編の小説(「掌編小説」と言います)が集められた一冊です。短いとあなどってはいけません。ひとつひとつに凝縮された情報量と情緒の深さは尋常ではありません。読んでいると五感が鋭く刺激され続けるようで、数編を読むとくたくたになってしまうこともしばしばです。とはいえ、読みやすいボリュームなのも確かです。みなさんにも、ぜひ手に取ってぱらぱらと気軽に読んでいただきたいと思います。
もう一つ、私の好きな川端康成作品に『山の音』という長編小説があるのですが、これは趣味が渋すぎてさすがに中高生には敬遠されてしまうかもしれません。
(以上二冊は、残念ながらジェイ文庫には入っていません。『伊豆の踊子』は入っていますよ!)