ジェイ文庫 岡田英弘『世界史の誕生』
【 ジェイ教育セミナー大津校 中森 】
「歴史」という言葉はどういう意味を持つか、考えたことはありますか。
「歴史」の「史」とは、文章を書く人のことです。つまり「歴史」とは、文書に記録されたもののみを指すわけです。
(だから実は、文字の無いはるか古代や、「人類誕生以前の歴史」とは、本来の「歴史」より意味を広げて使われている、便宜的な意味での「歴史」というわけです)
古代日本にも「史(ふひと)」という官職が存在しました。「史」はもともと「ふみひと」と読み、朝廷の文筆や記録といった職務に携わっていた役人のことでした。
国家としての日本が形成される上で重要なできごとに、「大宝律令の制定(701年)」があります。
大宝律令の成立において、中心人物の一人の名が「藤原不比等(ふひと・「史」とも書く)」だというのは象徴的ですね。
藤原不比等を知らない方も、大化の改新の中臣(藤原)鎌足の息子だと聞けばピンとくるでしょうか。
外国に目を転じると、16世紀ドイツで起こったルターによる宗教改革、その原動力となったのは、15世紀のグーテンベルクが実用化した活版印刷術でした。
ルターによるカトリック教会批判、「95か条の論題」は、ドイツ語に翻訳されて大量に印刷され、瞬く間にドイツ全土、さらにはヨーロッパ各地に広まり、世界史上の大きな転換点となります。
こうした例は、枚挙にいとまがありません。言葉は、人々の考え方を規定し、文化を生み、世界を変えて行くのです。
さて、前置きが長くなりましたが、今日のブログの本題です。
今回は、ジェイ文庫の書籍紹介です。
岡田英弘『世界史の誕生』
筆者は中国・満州・モンゴル史を専攻する歴史学者です。(2017年没)
本書の中で筆者は、「歴史は文化である」と指摘します。
すなわち、歴史とは、客観的に認められる一つの真実にたどりつこうとする科学と違い、
地域それぞれの状況(支配者の意図であったり、隣国との緊張関係であったり)によって、何らかの目的をもって「作り上げられ」「枠組みが決定」されていったものだというのです。
また、筆者によれば、現代の歴史研究につながる歴史の源流は、わずかにふたつ。ヨーロッパ地中海文明の「歴史の父」ヘーロドトスと、前漢時代の中国において『史記』を著した司馬遷です。
しかも、この二つの歴史観は、実は根本のところで大きく異なっているということです。
(それぞれがどういう歴史観なのかは、本書を手に取ってぜひ自分の眼で確かめてみてください)
そして筆者は、まさに現代に生きる私たちが学んでいる歴史に対して厳しい批判を加えます。
中国型の歴史観を源流に持つ日本は、上記のふたつの歴史観の矛盾点を解消することなく、西洋史を中国型の歴史観に適用して、いびつな形で学問分野として取り入れたため、混乱の渦中にあると筆者は言います。
歴史教育と歴史研究に対する、非常に刺激的な問題提起です。
もちろん、このような批判は、ただの思い付きやイメージでなされたものではありません。
空前絶後の世界帝国を築き上げたモンゴルを研究し、広く深い知識をもって歴史を見つめる筆者だからこその批判であることは、本書を読み進めればすぐにわかります。
モンゴルを専攻し、膨大な資料を分析・研究してきた筆者自身が、モンゴルの歴史観・国家観の根幹をなす資料『元朝秘史』の歴史叙述を、「事実に基づかない」「創作」だと断言する下りなどは痛烈です。
社会は暗記が多くて大変だ、と思っている方も多いことでしょう。しかし、まずは知識を身につけることが学問のスタートラインに立つことです。
そうして身につけた知識は、ただの言葉の羅列で終わるものではありません。獲得したひとつひとつの知識を検討し、批判し、再構成し、新たな「歴史」へと作り上げていくことが大切なのです。
私は、みなさんに歴史を楽しんでほしいと思っています。
同じ筆者の『歴史とは何か』も、ジェイ文庫に入っています。ぜひ2冊をセットで読んで、歴史の奥深さに思いを馳せてください。