「山月記」に想う


【 ジェイ教育セミナー広畑校 森脇 】 


人間である限り、困ったときや行き詰まったときにはいろいろな考えが浮かびます。

そんなとき、何を考えますか。

「山月記」は主人公の自意識の強さゆえの苦悩から虎になってしまう物語です。山月記の描写のすばらしさなどなどは紹介できませんが興味深いあらすじを紹介させていただきます。



〈あらすじ〉

唐の時代、主人公の李徴(りちょう)は若くして高い位につく役人。非常に俗悪な上司に使われる自分の身分に満足できず詩人として名声を上げようとした。しかし役人の職を退いたものの自身の才能に絶望、経済的にも困窮し挫折する。妻子を養うために職場へ戻り下級の役人の職に就くが、自尊心の高さゆえ屈辱的な思いをし、河南地方へ出張した際に発狂し、そのまま消えて行方知れずとなる。


翌年、李徴の職場の同僚であり親友の袁傪(えんさん)は、旅の途中で人食い虎に襲われかける。虎は袁傪を見るとはっとして茂みに隠れ、人の声で「あぶないところだった」と何度も呟く。その声が友の李徴のものと気づいた袁傪が茂みのほうに声をかけると、虎はすすり泣くばかりだったが、やがて低い声で自分は李徴だと答える。そして人食い虎の姿の李徴は、茂みに身を隠したまま、そうなってしまった経緯を話し始め、今では虎としての意識のほうが次第に長くなっているという。李徴は袁傪に自分の詩を記録してくれるよう依頼、袁傪は求めに応じた。自分が虎になったのは自分の「臆病な自尊心」、「尊大な羞恥心」、またそれゆえに切磋琢磨をしなかったせいであると李徴は自責し、袁傪も涙を流す。 

 

夜が白み始めると、李徴は袁傪に別れを告げる。袁傪が離れた丘から振り返ると、草むらから一匹の虎があらわれ月に遠吠えをしたあとに姿を消した。



無意識でしょうが、思春期には自意識がたくさん芽を出してくるのです。希望を胸に邁進しようとするでしょう。自分が理想としている自分を手に入れる人もいるでしょう。現実の自分と大きくかけ離れている自分に直面する人もいるかもしれません。あなたはどう生きますか。実際、大人になってからも仕事や家庭など、自分自身が考える理想と現実のギャップに落ち込み悶え苦しむ自分がいます。さあ、どう生きますか。


今の自分を信じられる自分でありたいと思います。