映画『独裁者』
【 ジェイ教育セミナー花北本校 増田 】
現在NHKで毎週放送されている『映像の世紀 バタフライエフェクト』という番組をご覧になっている人はいるでしょうか。バタフライエフェクトとは、一見関係ないある事象が別の事象に間接的に影響を与える効果のことです。人類の歴史において「蝶の羽ばたきのような、ひとりひとりのささやかな営みが、いかに連鎖し、世界を動かしていくのか」ということをテーマにした非常に面白いドキュメンタリーです。
6月6日に放送された「ヒトラーVSチャップリン 終わりなき闘い」という回で、私が敬愛する映画人であるチャールズ・チャップリンが取り上げられていたので、紹介したいと思います。
チャールズ・チャップリンは、イギリス出身の映画俳優で、映画監督、脚本家、プロデューサー、作曲家でもあります。19世紀の終わりに映画というものが発明され、20世紀初頭にいろいろな作品が作られ始めた時期に大スターになって喜劇王とも呼ばれた人物です。山高帽、ぴちぴちの上着、ぶかぶかのズボン、ドタ靴、ステッキを身に着けた放浪者の姿がトレードマークです。世界で最も愛されている人物の一人です。
アドルフ・ヒトラーは、20世紀前半のドイツにおいて国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の指導者だった人物です。ドイツ民族至上主義者であり、外交政策と人種主義に基づく政策が全世界を第二次世界大戦へと導きました。その中でユダヤ人などに対する組織的な大虐殺「ホロコースト」を引き起こしました。ユダヤ人の犠牲者の数は600万人とも言われています。世界で最も憎まれている人物の一人です。
そんな二人にはいくつか共通点があります。
一つ目は生まれた日。チャップリンの生まれた1889年4月16日のたった四日後にヒトラーは生まれました。
二つ目は見た目。トレードマークの口元のちょびヒゲがそっくりです。チャップリンが先に世界的に有名になったので、彼と比べられることをヒトラーは非常に気にしていたそうです。
三つめは映画を活用したこと。チャップリンだけでなく、ヒトラーもナチスのプロパガンダに映画を効果的に使いました。ヒトラーはメディアの力やイメージ戦略というものをよく理解していたのです。
しかし、二人の映画の活用の仕方はまったくの対照的。ヒトラーはスピーチの名人で、自らの言葉によって民衆の心をつかんでいきました。一方、チャップリンはパントマイムの名人で、自らの身体を使ったサイレント映画にこだわり続けました。
ところが、そんなチャップリンが自分の信念を曲げてまで音声のある映画を撮りました。それが『独裁者』です。そっくりの見た目を利用して、ヒトラーをモチーフにした独裁者と、さらにその独裁者に瓜二つの床屋の一人二役をやっています。ヒトラーの独裁政治や隣国への侵略行為、ユダヤ人への弾圧を徹底的に批判した作品です。現在ヒトラーを題材にした映画は沢山ありますが、それはどれも第二次世界大戦が終わって何十年も経ってから作られたものです。ところが、チャップリンはヒトラーがその恐ろしさを世界に知らしめているまさにそのときにこの映画を作ったのです。しかも、コメディとして。喜劇には根底に批判精神や風刺が必要であることを『独裁者』は教えてくれます。
この作品の最後は、映画的なシーンによる締めくくりでなく、チャップリンが固定されたカメラに向かって行う5分間におよぶスピーチです。その一部分を引用します。
「今こそ、闘おう。約束を実現させるために。闘おう。世界を自由にするために。国境のバリアをなくすため。欲望を失くし、嫌悪と苦難を失くすために。理性のある世界のために闘おう。科学と進歩が全人類の幸福へ、導いてくれる世界のために。兵士たちよ。民主国家の名のもとに、皆でひとつになろう」
常に身体の動きで観客を喜ばせてきたチャップリンが、あえて自らの言葉で世界中の人々に対するメッセージを送ったのです。
1940年に作られた白黒映画ですが、今見ても全く風化していないどころか、なお現在進行形の作品であると言えます。ロシアとウクライナをはじめ、今この時点でも世界中で紛争が続いています。現在の世界について考えるためにも、ぜひ一度鑑賞してみてください。