映画『白鯨』


 【 ジェイ教育セミナー大津校 中森 】


4月13日の増田先生の記事はお読みになりましたか。

『ローマの休日』、映画史に名だたる傑作ですね。

記事ではオードリー・ヘップバーンのエピソードが書かれていましたが、ジョー役のグレゴリー・ペックも、『アラバマ物語』などの作品で印象深い名優です。


私が思い入れのあるグレゴリー・ペックの映画というと『白鯨』です。この映画でグレゴリー・ペックが演じた役柄は、エイハブ船長。かつて自分の片足を奪った大クジラを仕留めることに恐るべき執念を燃やす、捕鯨船の船長です。

『白鯨』はハーマン・メルヴィルの小説を原作とする映画です。この原作、アメリカ文学を代表する名作といわれていますが、実際に読んでみるとなかなかに奇妙な一作です。

大まかな筋立ては、捕鯨船ピークォド号を駆り、怪物のような大クジラ「モビィ・ディック(Moby Dick)」を追うエイハブ船長。最後はクジラとの死闘を繰り広げるエイハブ船長や乗組員の姿を、やはり乗組員の一人であるイシュメールの目を通して描くというものです。

しかしこの小説、読んでも読んでも、いつまでたってもクジラに追いつかない。岩波文庫では上中下巻(しかも一冊が分厚い!)なのですが、下巻の後半に来てもまだクジラに追いつかない。そして、物語の大部分を占めるのは、冗長ともいえる繰り返しの展開と、本筋から大きく離れて延々と展開される、クジラや海洋の雑学。

実はメルヴィル自身が、作家になる前は捕鯨船の乗組員でした。海洋の知識を生かして縦横無尽に筆を走らせた『白鯨』は、スケール感はやたらと大きいのですが、文章のうねりや厚みに当てられて、読んでいると頭がくらくらしてきます。

自身が船乗りであり、人種や国籍がさまざまな乗員たちと世界中をめぐって仕事をしていたメルヴィルは、当時としては驚くほどに人種等の偏見を免れた価値観を持った作家でした。それでもやはり現代の価値観と合わないところは多いのですが、そうした描写を通して、私たち読者は現代社会のありかたを考えさせられるのです。

そんな原作小説も私は好きなのですが、これが映画になると、冗長な展開はコンパクトに整理され、激しい執念と行動力を見せつけるエイハブ船長の姿がくっきりと浮かび上がり、クライマックスでのクジラとの戦いは映画ならではの大迫力の映像で盛り上がる、まさに快作に仕上がっています。

豆知識として、カフェチェーン店の「スターバックス」の店名は、『白鯨』に登場する航海士「スターバック」の名前から取られています。


ところで、『ジョジョの奇妙な冒険』という人気漫画がありますが、この作品の第一部について、冒頭は『嵐が丘』(これもアメリカ文学を代表する長編小説)の、結末はこの『白鯨』へのオマージュではないかと感じるのですが、どうなのでしょう。ジャンルを超えて想像の網を広げるのも、作品鑑賞の醍醐味ですね。